on wings like eagles

日々ごはんを食べるように活字を食べて生きています。

テッド・チャン「バビロンの塔」

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もうじき映画『メッセージ』が封切られるので、なんとなく原作本に手を出してみたくなった。原題は「あなたの人生の物語」。でも本を手にとってみると、どうやら表題作を含む短編集らしい。ところが収録されている短編のどれもがネビュラ賞星雲賞に、ヒューゴー賞に、ローカス賞と名だたるSF関連の賞の候補になっていたり、実際に受賞していたり。表題作以外も侮れないのでは?と読み始めました。

 

で、いきなりデビュー作の「バビロンの塔」にがつんとやられまして、まずこの作品だけについてちょっと書いておこうと思います。表紙の題字の下に塔が見えますね、これがバビロンの塔。バベルの塔ともいいますね。今ちょうど、上野の東京都美術館に、かの有名なブリューゲルの「バベルの塔」が来てまして、まだ見に行けていないんですけど、それと同じものを意味しています。もともとは旧約聖書の創世記11章に出てきますが、人間が自分たちの力を誇ろうと、天にも届く塔を造ろうとして、その途中で神の怒りが下ります。人間たちが共同作業できないようにと、話していた言語をバラバラにされて、人間たちは混乱の中世界各地へ散らされていったという、世界の民族が様々な言語を持つ要因となった象徴として描かれている塔です。

 

テッド・チャンの作品の中では、ちゃんと「神:ヤーヴェ」は言葉として出てくるのですが、塔の建設には何も手を下しません。塔を建設している人間たちも、神に対して常に敬虔な念をもっていて、「自分たちの力を誇示しよう」という考えはなく、ただ真理の探求のために塔を上へ上へと伸ばしていきます。そしてなんと、作品の中では塔は天に届いてしまっています。天とは物理的な円天井で、その向こうに何があるのかを見極めるために、円天井を「掘って」穴を開けてみようというのがこの物語のメイン部分です。

 

この作品のバビロンの塔は、ブリューゲルバベルの塔のような、富士山型の末広がりなどっしりした形ではなくて、ピサの斜塔のような塔を、ひたすら真っすぐ伸ばしていく感じです。ガンダム00宇宙エレベーターが出てきますけど、あんな感じかな。とてつもなく長い円柱の周囲を螺旋状に通路が取り巻いている感じです。宇宙エレベーターなんて言いましたけど、SF的なギミックは全く出てこなくて、むしろ素朴な職工人たちの会話なんかを通して、旧約聖書の創世記時代の世界の雰囲気がよく出ていると思います。塔を天井へと登っていく過程で、月や太陽や星々の側を通るさまはSFというよりはファンタジーに近いのですが、最後の結末のところで、あ、なるほどこういうSFもあるのかと妙に納得しましたし、これがデビュー作だというテッド・チャンの筆力にも脱帽してしまいました。興味ある方はすぐ読める長さなので、ぜひこの作品の結末を味わってみてください。

 

僕はクリスチャンなのですが、この作品はとても楽しく興味深く読めました。この作品集にはキリスト教のテーマを扱った作品がもう一つ「地獄とは神の不在なり」が収録されていて、こちらはこちらで興味深く、巻末の作者のコメントにヨブ記の話題が出てくるのですが、いろいろと考えさせられる作品でした。また後日感想を書きたいと思います。表題作も映画の公開に合わせて、映画でどう描かれているのかなども交えつつ、またなにか書いてみたいです。とにかく、一冊の本にまとまっていますが、ものすごく濃厚な内容の、脳みそがストレッチを強いられるような知的な刺激を得られる作品集で、かなりおすすめですよ。