on wings like eagles

日々ごはんを食べるように活字を食べて生きています。

BLUE GIANTからBLUE GIANT SUPREMEへ

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BLUE GIANTの10巻とBLUE GIANT SUPREMEの1巻が同時発売された。海外編になって、一区切りつくとはいえ、話としては続いているので、どうしてタイトルを変えるのかと思ったけど、課長島耕作から部長島耕作みたいなものかな。(悪い例え)

 

それはそうと、前作の『岳』もいいマンガだったけど、僕は本作の方がより好きだ。もともと音楽が好きだということもあるけれど、本作の主人公、宮本大の突き抜けるような単純な熱さが好きだ。どんなスポーツマンガよりもスポ根してる感じの、徹底した熱さがある。そして、本作についてよく言われるように、マンガというメディアは音が出ないんだけど、BLUE GIANTからは確かに音が聴こえてくるのだ。クラシックやジャズをよく聴く人には分かってもらえると思うんだけど、音楽を聴いていて、ふっと訪れるあのエクスタシーが、本作には確かに描かれている。

 

好きな音楽は繰り返し何度聴いても飽きないでしょ? 同じように僕はBLUE GIANTを何度も読み返しているのだ。連載でも追いかけているけど、海外編も毎回期待にそぐわぬ面白さ。

 

たまたま仕事で文化庁メディア芸術祭の受賞作品発表の記者会見に混ぜてもらう機会があったんだけど、マンガ部門の大賞をBLUE GIANTが受賞して、目の前でダンディな石塚先生のお姿を拝見することができ、ファンとしても嬉しい限りでした。

 

村上春樹『騎士団長殺し』感想(ネタバレなし)

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久々の村上春樹さんの長編、先日読了しましたので簡単に感想をば。とりあえずネタバレなしで書いて、また今度時間があったら、ネタバレありを書きたいと思います。

 

前回の長編『1Q84』は、村上春樹らしくないところ多々あり、それが魅力的だという読者もたくさんいると思います。僕には正直言うと、苦手な部類に入る作品でした。それに対して本作は、徹頭徹尾村上春樹的テイストが溢れんばかりに湧き出しています。冒頭(ぐらいはネタバレしていいでしょう)の主人公の一連の言動、主人公の妻が「別れたい」って言い出すんですが、その理由とか、その後に主人公がとったリアクションとか、これほどまでに100%村上春樹的なシチュエーションはないのではないかというくらいにハマってます。

 

過去の作品のいろいろな、(しかもお馴染みの)モチーフが、これでもかというくらいに詰め込まれていて、どこを切っても村上春樹という金太郎飴のような作品です。それでいて、緻密に計算された言葉や文章の繋がり、ここぞという時に炸裂するお馴染みの村上春樹的フレーズの数々は、僕ら読者の心を鷲掴みにし、ページを繰る勢いは増すばかり。話の展開は結構ゆっくりなんですが、この「読ませる」筆力の凄さは相変わらずだと思いました。

 

読後感も悪くないです。個人的には僕の大好きな短編『蜂蜜パイ』を想起させるような感じもあります。相変わらずの性描写もありますが、食事と飲酒、特にウイスキーを飲む描写が冴え渡ってます。いつも思いますが、村上春樹作品では、性欲と食欲と睡眠欲は等価なんです。あと、もう一人の主人公とも言えるメンシキさんのキャラがすごく立ってます。

 

久々に濃密な読書体験をさせてもらいました。

個人的にはかなりおすすめですが、過去作品をある程度読んでいるのとそうでないのとでは、受ける印象がかなり異なってくると思います。

 

お正月は美術館へ:クラーナハ展とデトロイト美術館展

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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

お正月ですが、家族で出かけるというとやっぱり神社仏閣への初詣が多いんじゃないでしょうか。我が家は今年は美術館に行ってきました。上野は国立西洋美術館の「クラーナハ展」と上野の森美術館の「デトロイト美術館展」です。どちらも今月中に終わってしまうので、前から行きたいと思っていた僕にはちょうど良いタイミングでした。我が家で出かけたのは1月2日だったのですが、どうも元旦からやっているらしいです。普段だと土日は結構混み合う美術館ですが、初詣や帰省で人出が分散しているのでしょう、そんなに混雑しておらず、割と余裕を持って見ることができました。

クラーナハは一般的にはマルティン・ルター肖像画で有名な人です。でも彼の革新性は女性の裸体を、従来のキリスト教絵画の枠組みの中で描くのではなく、背景黒一色みたいなところに裸体だけ描くという、きっと当時は大変センセーショナルなことを始めたことにあるようです。彼の描く裸体は後のルノワールのような豊満さはなく、比較的スリムなんだけど、なんだか妙に肉感的なところがあり、体の一部や顔に透明なヴェールがかかっていたりしているところが却ってエロティックだったりします。当時は貴族の依頼で絵を描いて収入を得たりしたでしょうから、こっそり眺める用の、江戸の春画のような役割を担っていたのかもしれません。それから、写真にもあるユディットのような女傑や悪女モチーフの絵画、また当時の王侯貴族を描いた肖像画に見られる衣装や装飾品、髪の毛の表現の恐るべき繊細さと緻密さ、その表情のアンニュイで複雑な感じは凄いの一言です。また、版画も多く展示されていて、これまた興味深く鑑賞しました。ただ、やや暗めの館内では、版画の細かい部分はなかなか目を凝らしても見るのが厳しいものもあり、こういうのは図録(買いました。2600円にしては素晴らしく内容充実しています)で見るのが良いようです。何れにしてもこれだけきちんとキュレーションされた企画展はあまりないので、あと一週間ぐらいしか期間が残っていませんが、興味のある方は足を運ばれて損はありません。

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さて、美術展のはしごなんて初めてやったんですが、上野の森美術館でやっているデトロイト美術館展にも行ってきました。こちらは日本人にも馴染みの深い、ゴッホセザンヌ、モネ、ルノワールモディリアーニマティスピカソといった印象派以降の有名どころがずらりと並ぶ、なかなか壮観な展示でした。面白かったのはフラッシュ無しでの写真撮影OK(曜日が決まっているようでしたが)、SNSなどへの投稿も一部の作品を除いてOKになっているところ。ちなみに上の適当に作ったコラージュは全て投稿OKのものです。これはなかなか良い取り組みだと思います。今やSNS経由の口コミこそマーケティングの主流の一つとも言えるので、知り合いが「この絵がすごくよかった!」と写真付きでツイッターフェイスブックに投稿していると、じゃあちょっと行ってみようかという気分になりますよね。もちろんイマイチな点もあり、シャッター音があちこちで聞こえること(僕はシャッター音がしないOneCamというアプリを使っていました)、撮影目的でやたらと長く絵の前に陣取ってしまう人がいたりするのはちょっとどうかなとも思いましたが。

鑑賞の後は、駅の近くの一蘭(有名な博多ラーメンのチェーン店)に行きましたが、こっちの方が美術館のチケット売り場より断然長い行列ができてましたね。

正月の美術館巡りというのは何れにしても、普段より時間的に余裕があり、混雑もあまりないという観点からも結構良いのではと思います。我が家は正月は炬燵でひたすらテレビ番組を見る習慣はないので(そのせいで箱根駅伝もいつも見られないのですが)、また来年も行くかもしれません。

 

ヘレン・シャルフベック展に行ってきました。

平日の午後、ふと思い立って休みを取り、ヘレン・シャルフベック展に行ってきた。この北欧の女性画家については全然知らなかったんだけど、少し前の日経新聞日曜版に特集が組まれていて、フィンランドの画家であること、大好きなシベリウスと同時代に生きた人であることから、興味を持っていたのだ。

上野にある東京藝術大学の美術館で開催されている。千代田線を根津駅で降り、少し歩いた。

純粋にシャルフベックの作品だけなので、全部で80数点、割と小ぢんまりとした展示。画家の生涯を追うように、年代別に5つのテーマに分けていて、作風の変化もわかりやすい。派手なところは全然ないんだけれど、フィンランドの自然を反映したかのような色づかい、自身障害者(幼い頃からずっと脚が悪かった)であることから来るのかな、描かれている人物の表情の、悲しみを湛えた優しさに心打たれる。予想外に良かったです。

個人的には初期の作風が好き。脚が悪いために自宅にこもりがちで、自画像を描くことが多く、死を見つめて描かれたかのような晩年の作品群は、画家の心情がリアルに表出されていて、見ていて少々辛いものもある。

絵ハガキを何枚か買いました。東京のあとは仙台、広島、神奈川の葉山へと巡回する予定。多分、何度も企画される種類のものではないから、これだけまとまった展示を見られるのは今回だけじゃないかな。

頭蓋骨陥没骨折顛末記

17334825616_866978606e_o備忘録として。

3月の終わり頃、大きな仕事が終わった解放感から、気が緩んで軽くアルコールが入った状態でサウナに入り、階段状になっているサウナの座席の上の方から寝落ちして転落、サウナの壁にしたたかに前頭部を打ち付けた。ぶつけた瞬間目が覚めて、サウナをすぐに出て水風呂で額を冷やしていたが、痛みがなかなか引かない。とりあえず風呂場を出て、鏡でぶつけたところを見ると内出血してる感じと、なんだかちょっと凹んでるような感じ。あれ?と思っているうちに鼻血が断続的に出てきて、これはやばいなと思って救急車を呼んでもらった。

ぶつけた瞬間から終始意識ははっきりしていたけれど、とにかく頭を打っているのだから脳の内部がどうなっているのか不安だ。全裸で運ばれるのも嫌なので、とにかく着替えて救急車を待つ。 田舎で夜なのに、救急車は割と早く来てくれた。担架に乗せられて車内へ。あれこれ話しかけられて、名前や年齢、ぶつけた時の状況などを聞かれる。血圧を測定したり、目の前に指をかざされて、何本に見えますかとか指の動きを追えるかなどをチェックされる。救急車はなかなか発車しない。搬送先が見つからないのだ。「ああ、これが例のたらい回しか」と思った。

救急隊員と電話の向こうのやり取りはすぐ近くだから聞こえるし。頭をぶつけているので、脳神経外科の診察ができるところをさがしてくれているのだが、なかなか見つからない。4軒目でやっと受け入れOKになる。この間、約30分ぐらい。少し離れた病院だったので、移動にも30分くらいかかる。緊急性のある患者なら、この間に命を落としてしまうこともあるんだろうなあと思った。 搬送されて、すぐにCTスキャン。少しして呼ばれて、説明を受ける。「意識もはっきりしているし、幸い今のところ脳にも損傷はないようです。」よかった。「でも、いいことばかりではなくて、ここのところ見てください」と担当の先生が画像を指し示す。「額のところ、頭の骨がここは二重になっていて空洞があるんですけれど、ここの外側の骨が折れてますね。」 陥没骨折の部位は前額洞というところだった。空洞は鼻につながっていて、鼻血はここが傷つけられたから出てきているのだろうとのこと。骨折は過去に3回経験しているが、頭の骨の場合、ギプスとかで固定はしない。関節じゃないから、してもしょうがないんだろう。なんならヘルメットでも被ったらいいわけだし。 結局その日は入院もせず、翌日もう一度見てもらい、悪化などしてないことを確認、自宅近くの病院で再度診察してもらえるよう紹介状を書いてもらい、CTスキャンのデータを貰った。

その後、自宅に近い病院に何度か通ったが、脳神経外科は最初だけで、そのあと形成外科に行くことに。脳に損傷がなければ、あとは見た目の問題なんだそうだ。ふうんと思ったけど、骨折の部位が凹んでくる可能性があり、そうなると骨が固まらないうちに手術をしたほうがいいという。手術ね、ちょっと額のところを切って、直す程度で日帰りかなと思っていたら、全身麻酔で、入院10日だという。しかも髪の毛を剃って、そのまんま東の額のラインみたいな感じで頭皮を切開して、ベロンとめくってとかちょっとやだ。そんなことになったら当面人前に出られなくなるではないか。先生は手術するなら骨が固まらない2ヶ月以内がいいという。(ちなみに大変美人で見た目もお若い先生でした。切られるならこの先生にならいいかもとちょっとだけ思った)でも結局、悩んだ末に手術はしないことに。どうせ40過ぎのおっさんが、今更見た目を気にしたところでどうなるということでもないし、機能的に問題ないならそんな大手術は回避すべきだろう、と。

飲酒は多少しても良いが、泥酔して同じところ打ったら、今度は命の保証はないからねと言われて、ちょっと控える気分に。趣味はランニングなのですが、走ってもいいですかと聞いたら、ランニングは結構体に衝撃が加わるので一ヶ月は控えるようにと言われて大いに凹んだ。

そして昨日、後天的な異常が脳に出ていないかどうかをMRI検査でチェック。脳自体には何の異常もなく、めでたく無罪放免。陥没骨折したところは相変わらず打撃などが加わらないよう注意する必要があるが、ランニングはしてもいいことに。早速今朝走ってきたけれど、2月ぐらいから仕事が立て込んだせいもあり、全く走っていなかったので、身体が鈍ってる鈍ってる。今月末に山中湖ハーフにエントリーしてるんだけど、まともに走れるんだろうか。

それにしても今回はいろいろと身に沁みて反省しました。はい。もう若くもないし、いろいろと気をつけます。

サントリー:登美の丘ワイナリーに行きました。

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会社の研修が土曜日に石和温泉で行われ、翌日は帰宅のみで自由行動という予定になっていた。わざわざ甲府の辺りまで来ていて、何もせずに帰るだけというのも勿体無い。今年は会社のランニング同好会のイベントがあまりできていないので、折角だからということで、僕を入れて計4名でワイナリー巡りをしようということになり、当初は勝沼辺りを計画していた。でも結局、限られた時間で「ワイナリー巡り」というほどたくさん行けるわけでもなく、一点豪華主義ということで、サントリー登美の丘ワイナリーを選択。理由としては、以下3点です。

・事前予約の試飲セミナーが予約できた。(いきあたりばったりは嫌だったので)

サントリーの施設は白州蒸留所に行ったことがあり、質が高いのは知っていた。

・景色が綺麗そう

当日は石和温泉駅から在来線で竜王駅まで移動。ここからタクシーで15分ほどでした。竜王駅はモダンな感じですが、タクシーは全然いないので事前に読んでおくのが無難です。登美の丘の敷地は広大。景色は写真でもわかるように、晴天時の眺望は素晴らしいものがあります。甲斐駒ヶ岳の威容もさることながら、やはり甲府盆地越しに見る富士山は格別。まさに絶景でした。

予約していたセミナーは「日本ワイン特別セミナー」。当日いきなりいっても無料のワイナリーツアーと、1000円払って参加できる試飲ツアーは予約不要。わざわざ事前予約のセミナーに申し込んでいたのは、出てくるワインのクオリティがかなり良さそうだったので。このセミナーは4000円するのですが、赤白各2種類ずつの登美と貴腐ワインの計5種の試飲ができる。どれも普通に買ったらボトル1本が10000円〜12000円、貴腐ワインに至っては1本50000円! 少量ずつとはいえ、堪能させてもらいました。

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試飲に先立って、葡萄畑の説明なども聞きました。説明員のお姉さんがとてもチャーミングだったのですが、非常に説明が上手で、よくよく勉強しているんだろうなという気がしました。

あとはワインショップでお土産のワインを買い(せっかくなので、登美の丘限定の物をあげるようにしていました。)、甲府駅で食事をした後、解散しました。

ランニングと何の関係があるんだといわれそうですが、フランスにはメドックマラソンというレースがあります。メドックマラソンではエイドで出される睡眠補給用の水分が水ではなくワインだと聞いています。ワイナリーツアーは気分だけでもメドックマラソンを味わえたかな?とも思います。(苦しい言い訳)

文章の力:「壁と卵」(村上春樹 雑文集より)

いま、『村上春樹雑文集』を読んでいます。そこに含まれている「壁と卵」 エルサレム賞受賞のあいさつについて、いつぞやツイートもしたのですが、ちょっとまとめておきたくて、ブログにも書いておくことにします。

この「雑文集」にはデビュー当時から最近に至るまで、いろいろな村上春樹氏の未発表の文章が載せられているんですけれど、雑文集というタイトルから想起される内容よりは、結構重くて、読み応えがある文章がたくさん収録されています。なんとなく最初の方から読んでいったのですが、「壁と卵」にさしかかったところで、ちょっとした違和感を覚えました。

エルサレム賞受賞のスピーチは、その当時かなり話題になったので、僕もネットで目にしていました。未発表じゃないよね~と思いつつ読んでいったのですが、なぜか読み進めるうちに目頭が熱くなってきてしまう。あれ? 以前に読んだとき、こんなに感動したっけ? 書いてある内容は確かに同じだと思うんだけど。 ネットで読んだ文章は横書きだったから、こうして本に収録されるにあたって縦書きになり、それで印象が変わったんだろうかなんて思ったのですが、どうもそれだけではないような気がする。そう思って調べてみたところ、授賞式当時、ネットに掲載された文章は、第三者の手による翻訳でした。スピーチ自体は英語でされていたのです。

 

で、「雑文集」に収録されているのは、紛うかたなき村上春樹氏自身の手による日本語。この文章が先にあり、ここから英語のスピーチ原稿が作られたのか、英文のスピーチ原稿が先にあり、氏自身が翻訳をしたのかはわかりません。いずれにしても、本人の文章であることは間違いないです。それが分かって初めて、ああ、違和感の原因はこれだったかと納得しました。同じ内容について書かれていても、こうも印象が変わってくるのか、これこそ文章の力なんだなと。試しにどれくらい違うのか、並べてみようと思います。ごく一部をネットと雑文集から引用してみます。

「しかしながら、慎重に考慮した結果、最終的に出席の判断をしました。この判断の理由の一つは、実に多くの人が行かないようにと私にアドバイスをしたことです。おそらく、他の多くの小説家と同じように、私は人に言われたことと正反対のことをする傾向があるのです。「行ってはいけない」「そんなことはやめなさい」と言われると、特に「警告」を受けると、そこに行きたくなるし、やってみたくなるのです。これは小説家としての私の「気質」かもしれません。小説家は特別な集団なのです。私たちは自分自身の目で見たことや、自分の手で触れたことしかすんなりとは信じないのです。 というわけで、私はここにやって参りました。遠く離れているより、ここに来ることを選びました。自分自身を見つめないことより、見つめることを選びました。皆さんに何も話さないより、話すことを選んだのです。」 → こちらは当時ネットであがっていた翻訳文。

「しかし熟考したのちに、ここにくることを私はあらためて決意いたしました。そのひとつの理由は、あまりに多くの人たちが「行くのはよした方がいい」と忠告してくれたからです。小説家の多くがそうであるように、私は一種の「へそ曲がり」であるのかもしれません。「そこに行くな」「それをやるな」と言われると、とくにそのように警告されると、行ってみたり、やってみたくなるのが小説家というもののネイチャーなのです。なぜなら小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できない種族だからです。 だからこそ私はここにいます。来ないことよりは、来ることを選んだのです。何も見ないよりは、何かを見ることを選んだのです。何も言わずにいるよりは、皆さんに話しかけることを選んだのです。」 → こちらは村上春樹氏自身の文章。

言葉に込められている力が違いますね。